向畑の石仏調査

北向き地蔵堂

北向き地蔵堂|越谷市向畑

木造の堂舎は瓦葺き。屋根から鰐口(わにぐち)が吊るされている。木製の額には「地蔵尊」とある。堂舎の中に、江戸中期・元文3年(1738)建立の丸彫り地蔵菩薩立像が安置されている。

地蔵菩薩立像

北向き地蔵

堂舎の扉は閉ざされているため、地蔵菩薩立像の全体像を見ることはできないが、右手に錫杖(しゃくじょう)、左手に宝珠(ほうじゅ)を持っている。

台石

台石

地蔵尊は蓮台(れんだい)の上に立っていて、その下には台石が置かれている。蓮台はかろうじて覗(のぞ)けるが、台石に刻まれている銘は読みとれない。

台石の銘

越谷市郷土研究会・加藤幸一氏の現地調査報告によると、この台石には、「為 三界万霊 有無縁両等」「元文三午七月吉日」「向畑村 当誉相全」「為先祖(寄進者名)」と、刻まれている、とある(※5)

※5 加藤幸一「新方地区の石仏」平成7・8年度調査/平成31年1月改訂(越谷市立図書館蔵)「北向き地蔵堂」pp.60-61.

北向き地蔵とは

お地蔵様

班長の秦野氏から「北向き地蔵」の呼び名について解説があった。

「お地蔵様は通常、道教思想に基づいて(※6)、『南向き』に建てられるのが一般的ですが、あえて北を向いているので、(特別なお地蔵さまなんですよという意味を込めて)『北向き地蔵』と呼ばれています」

秦野氏補足

※6 「道教思想に基づいて」…(出典)『易経』説卦伝「聖人南面而聴天下、嚮明而治」(聖人南面して天下を聴き、明に嚮ひて治む)聖人は南面して明に向かい天下の政治を処理するの意。出典の『易経』は、「儒教」の経典である。「儒教」の経典である『易経』は、「道教」思想に対して、相互に影響を与え合っている。

 
このお地蔵さまには、花やお餅などが供えられていて、地元の人々から今も崇(あが)められていることが、うかがわれる。



北向き地蔵をあとに、次の調査場所(向畑香取神社)へ向かった。

移動

北向き地蔵堂から北東へ200メートル。畑の間の細い道を進むと、前方に、向畑香取神社の杜(もり)が見える。

向畑香取神社

12時10分。向畑の鎮守・向畑香取神社(むこうばたけ・かとりじんじゃ)に到着。住所は、越谷市向畑831。調査対象の石塔は二基。

「敷石建立」文字塔

「敷石建立」文字塔

参道入口、拝殿に向かって右手にある石塔は、江戸後期・天保8年(1837)建立の「敷石建立」文字塔。石塔型式は山状角柱型。
 
正面に「敷石建立氏子中」と刻まれている。側面の銘は「天保八丁酉」の文字が、かろうじて確認できる。

「水神宮」文字塔

二基の石塔

トタン葺きの古びた小さな祠の中に、二基の石塔が置かれている。
 
向かって左側は「水神宮」文字塔。江戸後期・文化12年(1815)造塔。石塔型式は駒型。主銘は「水神宮」。その下は「向畑村」「講中十九人」。脇銘は「文化十二亥年六月吉□」

種別不明の石塔

二基の石塔

「水神宮」文字塔の隣に、駒型の小さな石塔が置かれている。
 
正面は劣化がひどく、文字が刻まれているようだが、読みとれない。側面にも文字らしきものが刻まれているが、判読不明。
 
ここでは「種別不明の石塔」としておくが、今後、調査が必要と思われる。

新たな石塔を発見

祠

向畑香取神社では、二基の石塔が調査対象だったが、2026年5月10日、個人的におこなった石仏パトロールの下見のときに、境内の祠の中に安置されている石塔(文化7年の「天神宮」文字塔)一基の存在を確認した。
 
この文化7年の「天神宮」文字塔は、向畑香取神社の石仏についての先行研究(※7)にも記載されていない。

(※7)向畑香取神社の石仏についての先行研究

①加藤幸一「新方地区の石仏」平成7・8年度調査/平成31年1月改訂(越谷市立図書館蔵)「向畑香取神社」
②埼玉県神社庁神社調査団編『埼玉の神社(北足立・児玉・南埼玉)』埼玉県神社庁(平成10年3月31日発行)「向畑香取神社」pp.1174-1175.
③越谷市役所『越谷ふるさと散歩(下)』越谷市史編さん室(昭和55年4月30日発行)「向畑香取神社」pp.15-16.
④『越谷市金石資料集』越谷市史編さん室(昭和44年3月25日発行)

【新発見】「天神宮」文字塔

トタン葺きの祠の中央に、やや傾いて置かれていたのは、江戸後期・文化7年(1807)造塔の「天満宮」文字塔。石塔型式は祠型。主銘は「天神宮」

左側面

脇銘

左側面(向かって右側)には、「文化七午年」の銘と、四人の名前(「戸張□蔵」「同 与吉」「染谷庄助」「石渡忠□」)が刻まれている。

右側面

脇銘

右側面(向かって左側)には、「正月吉日」の銘と、四人の名前(「長野亀松」「同 庄松」「古屋浩蔵」「鈴木初五□」)が刻まれている。

所見

天神宮文字塔

今回、新たに見つけた「文化7年『天神宮』文字塔」について、班長の秦野秀明氏(越谷市郷土研究会・副会長)から「この「文化7年『天神宮』文字塔」は新発見です」との見解を得た。

文化七年『天神宮』文字塔

この文化7年の「天神宮」文字塔についてまとめた論考は、越谷市郷土研究会のホームページに掲載されている。

論考のリンク先を以下に示す。
https://koshigayahistory.org/260516_tenjinmiya_k_sudoh.pdf

越谷市郷土研究会・文化財パトロールでは、宅地化や道路拡張などによって、破棄・撤去されてしまった石仏はよくあるが、今回のように、新たに存在を確認した石仏を発見することもあるので、石仏パトロールの意義は大きい。



向畑香取神社の石塔群調査はこれで終了。

移動

最終調査場所(向畑観音堂)へ向かった。

向畑観音堂