向畑の石仏調査

三角地帯の石塔群

石塔群|越谷市向畑

十一面観音堂(墓地)を出て右手、道が二股に分かれる三角地帯に、コンクリート造りのお堂と石仏がまとめられている。ここでは七基の石仏を調べた。

文字庚申塔|文化2年

文字庚申塔|文化2年

三角地の頂点(電信柱の手前)にあるのは、江戸後期・文化2年(1805)の「青面金剛」文字庚申塔。
 
石塔型式は山状角柱型。正面の上部に陽刻された「日月」、主銘は「青面金剛」(しょうめんこんごう)。台石に「三猿」が陽刻されている。
 
左側面(向かって右側)の脇銘は「文化二乙丑年」「武州崎玉郡新方領 向畑村」「世ハ人」と、6人の名前が見られる。
 
右側面(向かって左側)には「九月吉祥日」とあり、7人の名前が確認できる。

普門品供養塔

普門品供養塔

自然石の普門品供養塔(ふもんぼんくようとう)。江戸末期・文久元年(1823)造立。
 
普門品とは、法華経の第八巻第二五品「観世音菩薩普門品」の別称。観音経とも呼ばれる。観音経(普門品)を一定回数読誦(どくじゅ)した記念に建てたもの。
 
最頂部に、聖観音(観世音菩薩)を表わす梵字「サ」。主銘は「普門品讀誦供養塔」。脇銘は「文久元年辛酉十一月吉旦」「向畑講中謹樹」
 
「謹樹」は、「つつしんでたつ」と読む。「向畑講中謹樹」は、「この供養塔を向畑村の講中(こうじゅう=観音講の仲間)が謹んで建立する」の意。

裏面の一部が剥落

普門品供養塔|側面

裏面の一部が剥落(はくらく)してしまっていて、剥落した部分が、台石の上に置かれていた。

「三十六童子」文字塔

「三十六童子」文字塔

自然石の「三十六童子」文字塔。明治11年(1878)造立。
 
正面に「三十六童子」と刻まれ、横に印が二つ縦に陰刻されている。三十六童子(さんじゅうろくどうじ)とは不動明王に従う36人の童子(使者)
 
裏面には「明治十一季」「寅十二月樹之」と刻まれている。

不動堂

不動堂

「三十六童子」文字塔の隣にあるコンクリート作りのお堂は不動堂。中に不動三尊像が安置されている。

不動三尊像

不動三尊像

安置されている不動三尊像。上段に不動明王座像、下段に脇侍(わきじ)の二童子、矜羯羅童子(こんがらどうじ)と制吒迦童子(せいたかどうじ)

二童子

二童子

下段の向かって右側(不動明王の左下)は、矜羯羅童子(こんがらどうじ)。長い蓮華(れんげ)の柄を持っている。顔つきはおだやか。不動動明王の「慈悲」の心を象徴している。
 
向かって左側(不動明王の右下)は、制吒迦童子(せいたかどうじ)。左脚を下に下げる半跏趺座(はんかふざ)で、右手に、こん棒を持っている。顔つきは怒りの表情。不動明王の「怒り」の心を象徴している。

文字庚申塔|文化3年

文字庚申塔|文化3年

江戸後期・文化3年(1806)造立の文字庚申塔。石塔型式は山状角柱型。正面の最頂部に「日月」、中央の主銘は「庚申塔」。その下(台座)に「三猿」が陽刻されている。
 
脇銘は、左側面(向かって右側)「文化三丙寅十一月吉祥日」、右側面(向かって左側)「武州崎玉郡新方領向畑村」
 
台石の正面に「講中」と刻まれ、その下に10人の名前、「世ハ人」(世話人)ひとりの名前が読みとれる。

青面金剛像庚申塔

青面金剛像庚申塔

江戸中期・元文3年(1738)造立の青面金剛像庚申塔。石塔型式は駒型。
 
最頂部に日月、中央に青面金剛像、両脇に二鶏。青面金剛の下に邪鬼、最下部に三猿が浮き彫りされている。
 
青面金剛は一面六臂(いちめんろっぴ=顔がひとつで腕が六本)。両手で合掌、左中手に法輪、左下手に弓、右中手に矛、右下に矢を持っている。
 
左側面(向かって右側)には「奉造立庚申待」「施主向畑村」、右側面(向かって左側)には「元文三午六月吉日」の銘と、施主7人の名前がみえる。

塔身と台石

塔身と台石

この石塔は、塔身が倒れてしまったようで、台石に塔身が立てかけられている。
 
造立から288年。風化も進んでいるが、かつてこの地(向畑村)で「庚申待」(こうしんまち)が行なわれていたことを示す貴重な石仏なので、このまま保存されてほしい。

板碑型三猿庚申塔

板碑型三猿庚申塔

江戸前期・延宝元年(1673)造塔の板碑型の三猿庚申塔。主銘「奉建庚申供養」。その下に三猿が浮き彫りされている。
 
三猿だけが浮き彫りされている庚申塔は越谷市内では珍しい。越谷市内の三猿庚申塔は、江戸前期・寛文4年(1664)から江戸中期・延享4年(1747)の82年間に14基ほど見られる。
 
脇銘は「延宝元年」「癸丑十月廿四日」「施主 敬白」「同行」「向畠村」「拾九人」とある。



三角地帯の石塔群調査はこれで終了。次の調査場所(北向き地蔵堂)へ向かった。

移動

三角地帯から平方東京線を北東に(古利根川の上流〈堂面橋〉に向かって)進む。200メートル先のY字路を右へ。40メートル先の右手に地蔵堂が見える。

北向き地蔵堂