越谷市東大沢一丁目にある鷺後(さぎしろ)香取神社の石仏・力石と境内の風景を現地で撮影した写真とともにお伝えする。
鷺後香取神社

鷺後香取神社の創建は、室町時代の後期・応永年間(1394-1427)と伝えられ 、下総国(しもうさのくに)一の宮(千葉県佐原市)香取神宮の祭神である摂津主大神(ふつぬしのおおかみ)を分霊(ぶんれい)し、香取大明神として、この地(大沢村鷺後)に勧請(かんじょう)した、と伝えられている(※1)
※1 『ときの風~ふるさと大沢今昔物語』大沢地区コミュニティ推進協議会(2018年4月発行)「鷺後香取神社」66頁
大沢香取神社の元社

大沢香取神社(越谷市大沢三丁目)
現在の大沢の総鎮守・大沢香取神社は、江戸前期・寛永年間(1624-1644)に、鷺後香取神社の分霊を迎えて(勧請し)、大沢村の鎮守として建立されたといわれている(※2)
※2 『ときの風~ふるさと大沢今昔物語』大沢地区コミュニティ推進協議会(2018年4月発行)「大沢町の香取神社」66頁
鷺後の地名

このあたり(現・東大沢一丁目~二丁目付近)は、かつて、大沢の「鷺後」(さぎしろ)と呼ばれた。
鷺後用水路(逆川=さかさがわ)に沿った林の茂る古い集落で、鷺(さぎ)が群れをなして集まったことから、「鷺代」(さぎしろ=鷺が集まる代=田地)と呼ばれていたが、のちに「鷺後」と表記されるようになった(※3)
※3 『わたしたちの郷土こしがや(第一集)』越谷市教育委員会(昭和56年8月30日発行)「大沢の地名」32頁
サギウシロ
江戸後期・幕府が編さんした地誌『新編武蔵風土記稿』には「鷺後」(サギウシロ)とフリガナが振られていることから(※4)「さぎうしろ」と呼ばれていた時代もあったことがうかがわれる。
※4 『新編武蔵風土記稿 第十巻(大日本地誌大系)⑯』雄山閣(平成8年6月20日発行)「大澤町」148頁
鷺後は1996年に消滅

鷺後小学校(越谷市大沢二丁目)
なお1996年(平成8年)、土地区画整理事業によって、「大沢字鷺後」(おおさわ あざ さぎしろ)は「東大沢」になった。
現在、鷺後香取神社のほかに、「鷺後小学校」「鷺後自治会」などが、「鷺後」(さぎしろ)の地名を今に伝えている。
それでは、鷺後香取神社の石仏から見ていく。
石仏

調査した石仏は 3基
- 普門品供養塔
- 文字庚申塔
- 青面金剛像庚申塔
鷺後香取神社看板横にある銅板葺き鞘堂(さやどう)の中に三基の石仏が並んでいる。
普門品供養塔

向かって左端は、普門品供養塔(ふもんぼんくようとう)。江戸後期・寛政9年(1797)造塔。石塔型式は山状角柱型。
普門品とは、法華経の「観世音菩薩普門品」の別称。観音経とも呼ばれる。観音経(普門品)を一定回数読誦(どくじゅ)した記念に建てたのが、普門品供養塔。
主銘・脇銘

正面の上部に、陽刻された観世音菩薩立像。下部に「普門品一万巻」と刻まれているので、この石塔は、「普門品」(観音経)を一万巻読誦(どくじゅ)した記念に建てられたもの。
左側面(向かって右側)の銘は「寛政九丁巳歳」、右側面(向かって左側)の脇銘は「三月吉祥日」
台石

台石の銘には「大沢町」「真蔵院」「高畑村」「大吉村」のほか、願主18人の名前が確認できる。
文字庚申塔

まんなかは、自然石の文字庚申塔。江戸後期・嘉永3年(1850)造塔。正面中央に「庚申塔」(こうしんとう)と刻まれている。
裏面の銘は鞘堂(さやどう)の壁がじゃまして確認できなかったが、越谷市郷土研究会・加藤幸一氏の現地調査報告「大沢町・越ヶ谷町の石仏」によると、裏面の銘は「嘉永三戌年九月吉日」(※5)とある。
※5 加藤幸一「大沢町・越ヶ谷町の石仏」平成13年度調査/平成31年7月改訂(越谷市立図書館蔵)「鷺後香取神社」25頁
台石(三猿)

庚申塔の下の台石正面には「三猿」(見猿・言わ猿・聞か猿)が陽刻され、台石の側面(左右)には寄進者14人の名前が刻まれている。
台石(下部)

三猿の下には新しい台石が置かれている。正面に「昭和四十一年十二月吉日 當所」ほか四人の名前が見える。
青面金剛像庚申塔

向かって右端は、青面金剛像庚申塔(しょうめんこんごうぞう・こうしんとう)。江戸中期・元文5年(1740)造塔。石塔型式は駒型。
正面の彫像は、上から日月・青面金剛像・二鶏・邪鬼・三猿。
左側面(向かって右側)の銘(※6)は、最頂部に青面金剛を表わす梵字・ウーン。中央に「奉建立庚申供養講中安全祈攸」。両脇下に「施主」「敬白」。右側面(向かって左側)には「元文五庚申天二月十三日」「大沢鷺後村講中」とある。
台石には、寄進者18人の名前が刻まれている。
※6 加藤幸一「大沢町・越ヶ谷町の石仏」平成13年度調査/平成31年7月改訂(越谷市立図書館蔵)「鷺後香取神社」25頁
青面金剛

青面金剛像の像容は、一面六臂(いちめんろっぴ=顔がひとつで腕が六本)の剣人型(けんじんがた)。持物は、左手にショケラ(人身)、左上手に法輪、左下手に弓。右手に宝剣、右上手に三叉鉾(さんさほこ)、右下手に矢。
青面金剛|合掌型と剣人型

青面金剛|合掌型(左)剣人型(右)
青面金剛像は大別すると、「合掌型」(がっしょうがた)と「剣人型」(けんじんがた)がある。両手で合掌しているのが合掌型。左手で、ショケラと呼ばれる人身(じんしん)の髪をつかみ、右手で剣を持っているのが剣人型。
上の写真の左が合掌型、右が剣人型。
邪鬼・三猿

青面金剛に踏みつけられているのは邪鬼。邪鬼の下に三猿(さんえん=見猿・聞か猿・言わ猿)が浮き彫りされている。
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