2023年4月18日。越谷市郷土研究会が主催する文化財パトロールに参加した。今回調査したのは、越谷市東越谷地区(旧小林村)。東福寺と東越谷香取神社など、8箇所28基の石仏や石塔を巡った。

文化財パトロール|概要

文化財パトロール

NPO法人・越谷市郷土研究会では、2005年から毎年、越谷市内の石仏や石塔の現状調査(文化財パトロール)を実施している。今年度(2023年度)は増林地区南部。増林地区南部を五つの区域に分け、五、六人で編成された班ごとに受け持ちの区域を調べた。

石仏調査開始

今回、私が配属されたのは東越谷地区(旧・小林村)。調査員は 6人。午前10時。最初の調査地である東越谷香取神社へ。班長の森田氏が、本日の調査箇所を説明したあと、石仏調査を開始。

東越谷一丁目

東越谷香取神社

東越谷香取神社

東越谷香取神社はは東越谷(旧小林村)の鎮守。住所は東越谷1-15-13。鳥居をくぐった参道左手に、道しるべが付された文字庚申塔がある。

道標付き文字庚申塔

文字庚申塔

江戸後期・文化11年(1814)造立の道しるべ付き文字庚申塔。石塔型式は兜巾型(ときんがた)。正面の主銘は「庚申」。最頂部に「日月」、最下部に「三猿」が浮き彫りされている。

左側面|道標

左側面|道標

左側面の銘は「文化十一年戌十一月吉日」「吉川 ふどう 道」

右側面|道標

右側面|道標

右側面は「越ヶ谷 岩つき 道」と刻まれている。

台石

台石

台石の左側面には「根郷」「講中」とある。根郷(ねごう)は、旧・小林村の字(あざ)。
 
続いて二番目の調査地・東福寺(とうふくじ)へ

東福寺

東福寺

東福寺に到着。住所は越谷市東越谷1-12-21。真言宗の寺院で、鎌倉時代中期・文永年間(1264~1275)開山(かいざん)と伝えられる古刹。

板碑

板碑

本堂の西隣には、14世紀、鎌倉末期から南北朝時代にかけて建立された板碑が9基保存されている。
 
東福寺では、19基の石仏・石塔を調査した。

参道脇

無縁塚

参道脇には、無縁塚に3基の石塔と、墓所入口に石灯籠供養塔がある。

地蔵像付き三界万霊塔

地蔵像付き三界万霊塔

台石の上に丸彫りの地蔵菩薩立像が載っている三界万霊塔(※1)。江戸中期・宝暦5年(1755)造塔。台石の正面に「三界万霊」、左側面に「奉供養大乗妙典六十六部」、裏面に「宝暦五寅歳」「武州埼玉郡」「新方領小林村」などの銘が確認できる。

※1 三界万霊塔(さんがいばんれいとう)とは、命あるものが住む三つの世界◇欲界(よっかい)◇色界(しきかい)◇無色界(むしきかい)―と、すべての精霊(万霊)を供養するために建てられた塔のこと。

地蔵像付き六十六部供養塔

地蔵像付き六十六部供養塔

台石の上に丸彫りの地蔵菩薩立像が載っている六十六部供養塔(※2)。江戸中期・正徳3年(1713)造塔。

※2 六十六部(ろくじゅうろくぶ)供養塔とは、大乗妙典(法華経)を書写して、全国66箇所の霊場に1部ずつ納経する巡礼を終えた記念に建てた石塔のこと。

台石

台石

台石の裏面に「奉納大乗妙典六十六部現當所願成就所」「武州埼玉郡新方領小林村」「正徳三癸巳」などの銘が確認できる。
 
越谷市郷土研究会・顧問の加藤幸一氏は「この台石は前後が逆に設置され、正しくは『裏面』が『正面』となる」(※3)と述べている。

※3 加藤幸一「増林地区の石仏石塔」平成11・12年度調査/令和4年改訂(越谷市立図書館蔵)「旧花田村の石仏」(2)東福寺、116頁

地蔵像付き念仏塔

地蔵像付き念仏塔

江戸前期・寛文2年(1662)造塔の念仏塔。石塔型式は舟型。中央に主尊の地蔵菩薩立像が浮き彫りされている。最頂部に地蔵菩薩を表わす梵字「カ」。
 
脇銘に「奉造立地蔵菩薩」「念仏講」「二世安楽処」「願主妙蓮社尼」「于時」「寛文二天」「九月吉祥日」とある。

石灯籠供養塔

石灯籠供養塔

江戸中期・元禄2年(1689)に造立された石灯籠供養塔。石塔型式は笠付き角型。正面の主銘は「奉造立石燈籠為暗遍明也」。脇銘は「元禄二年己巳天白」「閏正月吉日」「敬」。右側面には造立者の名前が刻まれている。

境内

境内

境内には、三界万霊塔(さんがいばんれいとう)と、法華経・普門品供養塔がある。

地蔵像付き三界万霊塔

地蔵像付き三界万霊塔

台石の上に丸彫りの地蔵菩薩立像が載っている三界万霊塔。江戸中期・享保12年(1727)造立。台石の正面は梵字「ア」(※4)が刻まれている。

※4 地蔵菩薩を表わす種子(梵字)は「カ」や「イ」が一般的だが、「ア」は、通種子(つうしゅじ)といって、如来・菩薩など仏全般に共通して使われる。

碑文

台石の左側面に「称誉浄念大徳」、右側面に「三界萬霊」、裏面には「享保十二丁未年」「九月吉日」の銘が確認できる。

法華経・普門品供養塔

法華経・普門品供養塔

江戸後期・文化12年(1815)造塔の法華経・普門品供養塔(※5)。石塔型式は宝篋印塔(ほうきょういんとう)。

※5 法華経(ほけきょう)・普門品(ふもんぼん)供養塔とは、経典を一定回数読誦した記念に造立した供養塔のこと。普門品とは、法華経のうちの観世音菩薩普門品のことで、観音経とも呼ばれる。

この供養塔は、塔身に「法華経千部」「普門品萬巻」「供養塔」と刻まれていることから、法華経を千部、普門品を万巻読誦した記念に建てられたもの。
 
塔身の右側面と裏面に以下のような刻銘がある。

塔身|右側面

塔身|右側面

若有有情能於此塔
一華一香礼拝供養
八十億劫生死重罪
一時消滅生免災殃
死生仏家若有応堕

塔身|裏面

塔身|裏面

阿鼻地獄若於此塔
或一礼拝或一右繞
塞地獄門開菩提路
塔及形象所在之所
一切如来神力所護
 
この刻銘について、越谷市郷土研究会・顧問の加藤幸一氏は「この宝篋印塔の右側面から裏面にかけて刻まれた文は、宝篋印陀羅尼経(ほうきょういんだらにきょう)から引用したものである」(※6)と述べている。

※6 加藤幸一「増林地区の石仏石塔」平成11・12年度調査/令和4年改訂(越谷市立図書館蔵)(2)東福寺、118頁

塔身に刻まれたこの文の意味について、加藤氏が「増林地区の石仏石塔」で解説している。「増林地区の石仏石塔」は越谷市郷土研究会のホームページで閲覧可能。以下 URL を示す。
http://koshigayahistory.org/220815_sekibutsu_mashibayashi.pdf

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