2022年10月26日・水曜日。越谷市郷土研究会〈地誌研究倶楽部〉巡検兼越谷リバーウォークガイドツアーに同行。せんげん台駅西口を起点に間久里川緑道と須賀川用水緑道を経て砂原までの史跡や神社を巡った。

越谷リバーウォーク|2022年10月26日

パンフレット

越谷リバーウォークガイドツアーは、越谷市内の川辺の遊歩道・緑道を散策して「水郷こしがや」の魅力にふれるイベントで全3コース。スタンプラリーも兼ねている。
 
NPO法人住まい・まちづくりセンター、NPO法人越谷市郷土研究会、越谷市住まい・まちづくり協議会が主催。

主な見学先

今回のガイドツアーは市内北西部を巡る越谷リバーウォークAコースの前半。主な見学先は◇間久里川緑道◇袋山河畔砂丘◇恩間勢至堂の庚申塔◇須賀用水緑道◇三野宮香取神社◇三ノ宮卯之助の力石(個人宅)◇三野宮橋◇元荒川緑道…など。

今回の目玉は、

越谷でしか見ることができない「越谷型青面金剛像庚申塔」と、現在の越谷市三野宮に生まれた日本一の力持ち・三ノ宮卯之助(さんのみやうのすけ)が持ち上げた力石(ちからいし)の見学。力石は個人宅にあるので特別見学になる。

集合・受付

北越谷駅西口

集合場所は東武伊勢崎線・せんげん台駅西口。集合時間は午前8時20分。受付担当者に参加費300円を払って資料をいただく。

ガイドあいさつ

出発前のあいさつ

参加人数は12人。出発前に案内役をつとめる越谷市郷土研究会・副会長の秦野氏からあいさつと、今回のツアーの見どころやスタンプラリーの説明があった。

出発

集合写真

前回に引き続き、越谷リバーウォークを主催する越谷市住まい・まちづくり協議会の若色(わかいろ)会長も参加。全員で集合写真を撮ったあと、午前8時30分、越谷リバーウォークガイドツアー出発。

須賀用水(北流部)流路跡

須賀用水(北流部)流路跡

せんげん台駅西口ロータリーから東武伊勢崎線・下り線沿いの市道を南下。200メートルほど歩いたところで、案内役の秦野氏から「この場所は、かつて須賀用水(すかようすい)の北流部が流れていた流路跡です」という説明があった。

移動|千間台駅南陸橋

千間台駅南陸橋

千間台駅南陸橋をくぐった先の右手、T字路の角地が最初のチェックポイント。

間久里川緑道の起点

間久里川緑道の起点

最初のチェックポイントは間久里川緑道(まくりがわりょくどう)の起点。

案内役・秦野氏

旧・須賀用水の流路を変更した間久里川を暗渠(※1)にして、その上を緑道として整備したのが間久里川緑道です。

※1 暗渠(あんきょ)とは、蓋をされて外からは流れが見えなくなってしまった川や水路のこと。土の中に埋められてしまって水路跡だけが残っている場合も暗渠と呼ばれている。

須賀用水(南流部)流路跡

須賀用水(南流部)流路跡

上の写真(間久里川緑道)の暗渠になっている部分が、かつての須賀用水(南流部)の流路跡。間久里川を整備して造られたので、直線的な道ではなく、川の流れのような道になっている。

岩槻道|古道

岩槻道|古道

間久里川緑道の南を通っている市道20993号線は、岩槻道(いわつきみち)と呼ばれた古道。日光道中(現在の旧日光街道)から追分で別れて岩槻へ至った。

せんげん台変電所

せんげん台変電所

岩槻道(市道20993号線)の角地にある大きな建物は、東武鉄道の「せんげん台変電所」。電力会社から受けた高圧の電力を列車の運転に必要な電力に変換している。

袋山古川

暗渠

せんげん台変電所から50メートルほど歩いた先のT字路から右を見る。右手はマンション。左手は順天堂越谷病院。病院側の歩道は暗渠(あんきょ)になっている。
 
この暗渠は、元荒川の旧河道(※2)で、かつての利根川本流だった。当時の河道は、武蔵国と下総国(※3)の国境にもなっていた。

※2 普通河川・第2古川。越谷市郷土研究会の秦野氏は自身の論考で、「袋山古川」と称している。

※3 武蔵国(むさしのくに)は、現在の東京都・埼玉県および神奈川県北東部。下総国(しもうさのくに)は、現在の千葉県北部と茨城県の一部。

水路と線路の立体交差

袋山古川

袋山古川(普通河川・第2古川)は、東武伊勢崎線の下をくぐって、東へ(旧日光街道のほうへ)流れている。上の写真は線路の下をくぐる袋山古川。水路と線路の立体交差になっている。

袋山古川ついては秦野氏が「『袋山古川』旧河道にある『暗渠』の現状」で詳しく論考している。リンク先を以下に示す。
http://koshigayahistory.org/220131_fukuroyama_furukawa_h_h.pdf

袋山河畔砂丘

袋山河畔砂丘

東武伊勢崎線(下り線)に沿って道を進む。順天堂越谷病院の南側に砂地の畑がある。袋山のこの一帯は河畔砂丘(かはんさきゅう)と呼ばれる。

元荒川の曲流跡

砂地の畑

案内役・秦野氏

この袋山河畔砂丘は越谷市内にある五つの砂丘(※4)のなかでもっとも体積が大きく、旧袋山村の大部分を、北を凸に取り囲むように流れていた元荒川の曲流跡です。

※4 越谷市には元荒川右岸沿いに 5箇所の河畔砂丘がある。上流から①袋山河畔砂丘②大林河畔砂丘③北越谷河畔砂丘④東越谷河畔砂丘⑤大相模河畔砂丘――。埼玉県内では23か所の河畔砂丘が確認されている。

越谷市内の河畔砂丘については秦野氏が「河川の造った地形―越谷市内の河畔砂丘と自然堤防」で詳しく論考している。リンク先を以下に示す。
http://koshigayahistory.org/160228_bgs_hh.pdf

移動

砂地の畑

袋山河畔砂丘をあとに、畑を左に見ながら路地を進む。十字路を右折。順天堂越谷病院と大袋北小学校の間の道を直進。十字路を左へ。道なりに進む。左手に墓地が見えてきた。この墓地が二番目のチェックポイント・恩間勢至堂(おんませいしどう)。

古道・岩槻道

岩槻道

墓地のブロック塀に沿って突き当たりを左へ。恩間勢至堂の前に出る。勢至堂の前の道は古道の岩槻道(市道20993号)。