移動|元荒川緑道

元荒川緑道

元荒川左岸側の土手道(元荒川緑道)を下流側に向かって歩く。この土手道は、今までは砂利道だったが、昨年(2021年)から舗装工事が行なわれている。

埼玉鴨場の竹林

埼玉鴨場の竹林

左手に越谷鴨場の竹林が見える。

ふれあいサンクチュアリ

ふれあいサンクチュアリ

越谷鴨場の竹林を過ぎると、野球場の手前に、越谷にすむ動植物の生息環境を残すのための「ふれあいサンクチュアリ」という自然観察林がある。自然観察林といっても殺風景。今はもう管理されていないのかもしれない。

北越谷第五公園

北越谷第五公園

ふれあいサンクチュアリ、北越谷第五野球場を左手に見ながら進んで北越谷第五公園に到着。

北越谷河畔砂丘

北越谷河畔砂丘

公園の前には河川敷が広がっている。元荒川が蛇行しているこのあたり一帯は、「河畔砂丘」(かはんさきゅう)といって、砂丘になっている。越谷に砂丘があったとは驚きだ。

案内役のけんちゃん

越谷市には、元荒川の流路や流路跡沿いに五つの河畔砂丘があります。①袋山河畔砂丘②大林河畔砂丘③北越谷河畔砂丘④東越谷河畔砂丘⑤大相模河畔砂丘。ここは北越谷河畔砂丘になります。


北越谷第五公園から元荒川の土手道(元荒川緑道)に上がる。

三基の石塔

三基の石塔

土手のたもと(旧日光街道沿い)に三基の石塔が並んでいる。

道しるべを兼ねた庚申塔

道しるべを兼ねた庚申塔

案内役のけんちゃん

向かって右端の石仏は、道しるべを兼ねた江戸中期の庚申塔です。建てられたのは寛政3年(1791年)。正面に「青面金剛」(しょうめんこんごう)の文字、その下に三匹の猿が彫られています。右側面には「左 じおんじ のじま 道」(※2)と刻まれています。

※2 じおんじ(慈恩寺)は、さいたま市岩槻区にある天台宗の寺院。「左 じおんじ 道」とは、この道を左(北西)に進むと慈恩寺に着く、の意。「のじま道」(野島道)とは、越谷の野島に向かう道のこと。野島は慈恩寺に向かう途中にあり、浄山寺という古刹(こさつ)がある。

墓石

真ん中の石塔は、光明真言(こうみょうしんごん)の曼陀羅と、「不生位」(ふじょうい)という真言宗の僧侶の位号が刻まれているので、真言宗の僧侶の墓石と思われる。左端は、「信女」(しんにょ)「居士」(こじ)の文字が確認できるので、個人の墓石。

移動|元荒川桜堤

元荒川桜並木

元荒川左岸側の土手道(元荒川桜堤)を下流に向かって歩く。この土手道から越谷市の桜の名所として知られる元荒川桜並木が、大沢橋の手前まで約2キロ続いている。毎年、桜の見ごろ時期には、多くの花見客でにぎわう。

出津橋

出津橋

元荒川桜堤を200メートルほど歩くと前方に橋が見えてくる。この橋は出津橋(でづばし)。対岸には文教大学が見える。

案内役のけんちゃん

余談になりますが、去年(2021年)の11月、タレントのボビー・オロゴンさんが、出津橋付近をランニングしているときに、元荒川の中に人がいることに気づいて救助し、越谷警察署から感謝状をもらったことが話題になりました。

北越谷稲荷神社

北越谷稲荷神社

出津橋の手前で土手道を下りて、最初の十字路を左に曲がると、旧大房村の鎮守・北越谷稲荷神社に着く(越谷市北越谷1-15-13)。ブロック塀に囲まれた境内は、広場のようにがらんとしている。

石仏

石仏

石鳥居をくぐった右手の塀ぎわには、庚申塔や猿田彦大神塔など六基の石仏が並んでいる。左端にあるのは二十一仏板碑(※3)。もともとは元荒川の河川敷にあったが、保存のためにここに移された。

※3 二十一仏板碑(にじゅういちぶついたび)とは、一文字で一仏をあらわす種子(しゅじ)と呼ばれる梵字(ぼんじ)が21刻まれている板碑(石造りの卒塔婆=そとば)のこと。板のように薄い形をしていることから板碑(いたび・いたひ)と呼ばれている。

二十一仏板碑

二十一仏板碑

案内役のけんちゃん

板碑は全国で45基しか見つかっていない貴重な史料ですが、越谷市では9基の板碑が見つかっています。


北越谷稲荷神社をあとに最後の見学先の浄光寺へ

移動|北越谷停車場線

信号

北越谷稲荷神社から南へ300メートルほど歩くと、信号のある十字路に出る。左右に延びているのは北越谷停車場線(埼玉県道405号)。右手に行くと、元荒川に架かる新明橋を渡って草加バイパス方面へ。左手は北越谷駅西口ロータリーに通じている。

浄光寺前|北越谷停車場線

信号を左に曲がって浄光寺へ

浄光寺

浄光寺入口

11時45分。浄光寺着。越谷市北越谷4-8-5。山門右手の松の巨木が目を引く。真言宗の寺院で、開山の年代は不詳ながら、平安初期・大同2年(807)の創立を伝える薬師堂を受け継いだ古刹。江戸前期・慶安2年(1648)の記録には浄光寺の名が見られる。

境内

境内

境内は、手入れが行き届いていて、庭園を思わせる落ち着いた風情がただよっている。浄光寺は、かつて古梅園で名をはせ、明治末から戦後にかけて梅の名所として知られた。今は当時のおもかげはない。

古梅

古梅

現在、境内には当時の古梅は数本残っているが、平成初年の本堂新築のときに、古梅園の梅は、ほとんどが伐採されてしまった。

古梅園記念碑

古梅園記念碑

境内には「古梅園記念」と刻まれた自然石の記念碑が建てられている。高さは約2メートル。建てられたのは大正7年(1918年)2月で、裏面には「明治三十五年三月 開園」とある。

高浜虚子の句碑

高浜虚子の句碑|初代

本堂の近くの池のそばに「寒けれど あの一(ひと)むれも 梅見客」と刻まれた、昭和50年(1975)建碑の句碑が建っている。この句は、浄光寺で開催された園遊会のときに、俳人・高浜虚子が詠んだもの。この短冊は今でも浄光寺に保管されている。

高浜虚子の句碑が二基あった

高浜虚子の句碑|二代目

梅照殿(斎場)と薬師堂の間にも高浜虚子の同じ句碑(寒けれど あの一むれも 梅見客)が建っている。昭和50年に建てられた句碑が古くなってきたので、新しく建てたそうだ。池の脇にあるのが先代、こちらは二代目ということになる。
 
浄光寺の見学を終え、終着地点の北越谷駅西口へ

帰着|北越谷駅西口

北越谷駅西口ロータリー

12時。北越谷駅西口に到着。中止になった本日開催予定の「観光ぶらっとこしがや」に成り代わり独断で行なった「ひとり観光ぶらっとこしがや~初春の梅林公園を巡る」。これにて終了~
 
さて、通常の観光ぶらっとこしがやだったら、ここで解散ということになるのだが、今回は、特別企画のひとり観光ぶらっとこしがやということで、ブログ「越谷探訪」おすすめの喫茶店、越谷駅西口のパーラー鯉でひとやすみしていくことにした。