2017年(平成29年)9月5日、越谷市の大相模不動尊大聖寺で、12年に一度、酉年に催される酉年御開帳(とりどしごかいちょう)に参拝し、御開帳特別護摩祈願も行なってもらった様子を写真と動画とともに紹介する。特別公開の秘仏や寺宝を見ることもできた。

大相模不動尊大聖寺|酉年御開帳

大聖寺の山門

今回(2017年)の酉年御開帳は、9月1日から12月28までだが、特別護摩厳修(とくべつごまごんしゅ)は 9月1日から7日までの一週間。せっかくなので、護摩供養もやっていただくことにした。護摩供養は一日4回。時間は、午前10時と11時半、午後1時半と3時。

板塔婆

板塔婆

山門をくぐって参道から本堂へと向かう。狛犬を過ぎた先、常香炉の手前に、高さ4メートルはあろうかという板塔婆が建っている。
 
板塔婆の最頂部には梵字「ケン・カン・ラン・バン・アン」の5文字。その下に「南無大聖不動明王 乃至法界 平等利益 維持 平成廿九 丁酉年九月吉日建立 山主敬白」とある。
 
気のせいか、境内もふだんとは違う特別な雰囲気を感じる。

大聖寺のタブノキ

大聖寺のタブノキ

参道右手、樹齢500年といわれているタブノキも、いつもよりまして、神聖な気がただよっている。厳粛な気持ちになる。

本堂

本堂

まずは本堂前で参拝。続いて受付へ

受付

内陣

午前11時。11時半の護摩供養に申し込んだ。本堂・外陣(げじん)の入口で祈願料 5,000円を納める。護摩厳修(ごまごんしゅ)までは20分。お坊さんが、御開帳されているご本尊をご参拝ください、と言って、本尊の不動明王が安置されている奥の内陣(ないじん)へ案内してくれた。
 
正面前方、厨子(ずし)のとばりが左右に開かれ、中央に、ご本尊の不動明王が、灯籠の明かりに浮かび上がるように姿を見せている。

酉年御開帳|本尊拝観

本堂内及び本尊の撮影はフラッシュ不可ということで許可をいただいた。フラッシュが使えないことと、コンパクトデジカメで撮ったので、写真の画質は鮮明ではない。

十二天

十二天

内陣の余間(よま)には、不動明王をお守りするように十二天(※1)が描かれた掛軸が左右に六尊ずつ掛けられている。

※1 十二天(じゅうにてん)とは仏教におけるこの世を守護する12の天尊。天尊名は割愛。

釈迦如来

釈迦如来立像

厨子に向かって左側の奥にある脇檀には釈迦如来立像が安置されている。思わず手を合わせた。合掌。

三尊の不動明王

三尊の不動明王

いよい、ご本尊とご対面。厨子の中央に安置されているのが、ご本尊の不動明王(ふどうみょうおう)。厨子の左右では、脇侍のような形で、二尊の不動明王がにらみをきかせている。向かって左が御前立不動明王(おまえだちふどうみょうおう)。右が御中立不動明王(おなかだちふどうみょうおう)。

御前立不動明王

御前立不動明王

御前立不動明王。いちばん前に立っているので「御前立」(おまえだち)と呼ばれる。
 
両眼を大きく見開き、怒りの形相で二本の牙(きば)を出している。右手には、煩悩や悪を打ち砕く利剣(りけん)、左手には、縛り上げてでも衆生(しゅじょう)を良いほうに導く縄を持っている。
 
炎に包まれた姿は、火生三昧(かしょうざんまい)といって、みずから災いに身を置き、悪災を焼き払う姿を表わしている。

ご本尊|秘仏・不動明王像

秘仏・不動明王像

厨子の開かれた扉の中央に安置されているのは、12年に一度、酉年の一定期間内にしか拝観できない秘仏・ご本尊の不動明王。
 
徳川家康が、関ヶ原の合戦の前に、このご本尊の御前で戦勝祈願をしたと、大聖寺の住職が話をしてくれた。417年前、このご本尊が、天下分け目の戦いで徳川家康を勝利に導き、戦国時代を終焉させたのかと思うと、その存在感に圧倒された。
 
なおこのご本尊の不動明王像は、奈良時代の高僧・良弁僧正(りょうべんそうじょう)が彫ったと伝えられている。大聖寺の山門の西側には、良弁の功徳を讃えた「良弁塚」が建っている。

御中立不動明王

御中立不動明王

ご本尊に向かって右手にいるのは御中立不動明王。三尊の真ん中(前から二番目)に立っていることから「御中立」(おなかだち)と呼ばれる。
 
こちらの不動明王は、天地眼(てんちがん)といって、右目は全開、左目は半眼になっている。見開いた右目は天を見、半眼の左目で地面を見、天地の隅々まで見守っているという姿を表わしている。
 
御前立不動明王の牙は二本とも上を向いていたが、御中立不動明王の牙は、右が上を向いて、左が下を向いている。二本の牙で悪や災厄をかみ砕くという。
 
左の足元には脇侍(わきじ)の矜羯羅童子(こんがらどうじ)、右の足元には制多迦童子(せいたかどうじ)を従えている。不動明王と脇侍の二尊を合わせて、不動三尊(ふどうさんそん)と呼ばれる。
 
ちなみにこの御中立不動明王は、ご本尊といっしょにふだんは厨子の中に安置されているので、御中立不動明王も12年に一度、酉年御開帳のときにしか拝観することはできない。
 
ご本尊の拝観を終え、内陣を下りた。

御開帳特別護摩厳修

本堂

御開帳特別護摩厳修(ごんしゅ)まであと10分。外陣に用意されている椅子に座って、始まるのを待った。今回の参加者は 9人。

護摩厳修開始

護摩厳修

午前11時30分。御開帳特別護摩厳修が始まった。厨子のとばりを開けて、ご本尊の御前で護摩焚きが執り行なわれるのは、12年に一度、酉年御開帳のときだけだ。
 
徳川家康公も戦勝祈願した不動明王に手を合わせた。
 
炎の中に護摩木が投入されていく。勇壮な太鼓の音と拍子木の音が、不動明王の真言(しんごん)とともに本堂に響き渡る。煩悩が焼き払われるようだ。住職が参加者の護摩札をひとつひとつ火にあてていく。今回は御開帳特別護摩厳修なので、不動明王のご加護がよりいっそういただけるような気がする。

不動明王の御真言|護摩厳修の動画

御開帳特別護摩厳修の様子を動画に収めました。所用時間は1分23秒。本尊の不動明王を拝観しながらの護摩厳修は12年に一度、酉年にしか執り行なわれませんので、貴重な映像かと思います。

<不動明王の御真言>
 
ノーマク・サーマンダー
バーサラダン・センダー
マーカロ・シャーダー
ソワタヤ
ウン・タラ・ター
カン・マン
 
<意味>
 
不動明王よ
怒りの力で、魔を払い
願いをかなえよ
カン・マン
 
※カン・マンとは不動明王のこと。

授与品

授与品

護摩供養を終え、本堂の受付で授与品をいただいた。いただいた授与品は、御開帳護摩札・御開帳記念の七福不動明王御札・大相模ぴんころ地蔵尊お守り・お供物。ありがたく拝受した。

寺宝拝観|特別公開

授与品をいただいたあと、客殿に案内され、御開帳特別護摩厳修期間中の一週間だけ、特別公開されている寺宝を見学した。住職が寺宝の解説をしてくれた。写真撮影はフラッシュ不可で許可をいただいた。

徳川家康公垢付の御夜具

徳川家康公垢付の御夜具

天正18年(1590)、幕府を開く前の徳川家康が、民情視察を兼ねて鷹狩りをしながら各地を巡遊したさいに大聖寺に宿泊。そのときに家康が使った寝衣(しんい)。絹地で菊を配した柄模様のなかに三つ葉葵が各所に配されている。
 
宿泊のお礼として家康が大聖寺に置いていったと伝えられている。この寝衣は、「徳川家康公垢付の御夜具」(とくがわいえやすこうあかつきのおやぐ)の名で、越谷市の有形文化財・歴史資料に指定されている。

大聖寺の名付け親は家康

大聖寺は、不動院と称していたが、天正19年(1591)に、大聖寺に宿泊した家康から、寺領60石と「大聖寺」の寺号を与えられた。

家康公奉納の太刀

家康公奉納の太刀

慶長5年(1600)、関ヶ原の合戦に向かう途中、大聖寺に立ち寄って戦勝祈願したさいに、寄進された太刀(たち)。室町時代の名工とうたわれた備前長船佑定(びぜんおさふねすけさだ)の作。
 
家康公奉納の太刀について、住職が逸話を聞かせてくれた。

徳川家康が、

関ヶ原の合戦に向かう途中、戦勝を祈願して太刀一振(たちひとふり)を当寺に寄進しました。そのときの住職(定伝)が、その刀を護摩壇に立てて戦勝祈願の祈祷を行ない、『この刀が西へ倒れれば西軍の負け、東へ倒れれば東軍の負け』と、願をかけたところ、刀は西に倒れ、祈祷のとおり東軍の家康が勝利した、という話が伝わっています。

大曼陀羅

大曼陀羅

大曼陀羅が描かれた双幅(そうふく)の掛軸。約350年前、江戸中期・享保年間のものと伝えられている。保存状態がかなりいいと思ったら、修復されているとのことであった。双幅の大曼陀羅の間にある掛軸に描かれているのは弘法大師。

資料室|常時公開

資料室

特別公開の寺宝を見学したあと、常時公開されている資料室にも立ち寄った。
 
資料室には、家康公の夜具と太刀のレプリカをはじめ江戸中期・享保14年(1729)に書かれた、大聖寺の由来が記された「武州大相模不動明王瑞像記」などが展示されている。家康が大聖寺に泊まったときに使った葵の紋付き湯呑み茶碗もあった。
 
住職にお礼を言って、客殿をあとにした。

梨市|露店

梨市の出店

大聖寺では毎年、9月4日に梨市(なしいち)が行なわれる。昨日がちょうど梨市だった。翌日の今日(9月5日)は、一店だけ、山門前に梨市の露店が出ていた。この梨は、大聖寺のお坊さんがご祈祷してくださった、ありがたい梨とのこと。

お不動様の梨

梨市の出店

なかなかおいしそうな梨なので、ありがたく一山、買った。「大相模不動尊」と書かれたお札付き。値段は1,000円。お不動様の梨、おいしい梨だった。

後記

酉年御開帳の案内文

本記事は、2017年(平成29年)9月5日に大相模不動尊大聖寺の酉年御開帳に参拝したときに許可を得て撮影した写真と動画をもとに、当日を回顧しながら5年後の2022年5月29日に作成したものである。
 
もともとは記事にするつもりはなかったが、過去に撮った写真と動画を整理しているときにたまたま出てきたので、このまま埋もれたままにしておくのももったいないと思い、当時の取材メモと記憶を手がかりに、原稿を起こした。

次の酉年御開帳は2029年

大聖寺のご本尊

大聖寺の酉年御開帳は12年に一回、酉年にしか行なわれないので、本記事が貴重な記録になれば幸いである。次の酉年御開帳は7年後の2029年。私は73歳になっている。生きていれば、再度、記事にしたい。

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