右手にショケラ(人身)、左手に金剛杵(こんごうしょ)をもった青面金剛を主尊とする庚申塔が越谷市七左町の寺院・観照院にある。越谷市に現存している青面金剛像としては珍しいタイプの像容なので詳しく調べた。

青面金剛像の類型

腕が六本ある青面金剛像は、一般的には合掌型と剣人型(けんじんがた)に大別され、その他、いくつかの亜種が報告されている。

合掌型

合掌型|青面金剛像庚申塔

合掌型青面金剛像庚申塔(※1)

中央の両手で合掌。残りの四本の手で、法輪・弓・矢・三叉鉾(さんさぼこ)などを持っている。

※1 森西川自治会館横の墓地内(越谷市増森)にある合掌型青面金剛像庚申塔。この庚申塔は青面金剛像が陽刻されたものとしては越谷市最古。

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剣人型

剣人型|青面金剛像庚申塔

剣人型青面金剛像庚申塔|大聖寺(越谷市相模町)

左の中手で、ショケラと呼ばれる人身(じんしん)の髪をつかみ、右の中手で剣を持っている。残りの四本の手で、法輪・弓・矢・三叉鉾(さんさぼこ)などを持っている。

その他

合掌型の亜種として岩槻型と越谷型の二種類が報告されている。

岩槻型

岩槻型青面金剛像庚申塔

岩槻型青面金剛像|小曽川公民館脇(越谷市小曽川)

合掌型の青面金剛像でありながらショケラ(人身)を持っている。

越谷型

越谷型青面金剛像庚申塔

越谷型青面金剛像庚申塔|勢至堂(越谷市恩間)

岩槻型青面金剛像の亜種として、「越谷型青面金剛像」が存在することを越谷市郷土研究会・副会長の秦野秀明氏が突き止め「越谷型青面金剛像庚申塔」という論考を発表している。以下、該当箇所を引用・抜粋。

越谷市内には「合掌型」で且つ「人身(ショケラ)」を持ちながら、享保十九年(一七三四)以降の造立で、「邪鬼」が横に臥して正面を向き、「三猿」は中央の猿以外の左右の猿が正面を向いていない二基の青面金剛像庚申塔が存在する。

※2 秦野秀明「越谷型青面金剛像庚申塔」は次のリンク先で閲覧可能。http://koshigayahistory.org/762.pdf 越谷型青面金剛像庚申塔および岩槻型青面金剛像庚申塔について詳しく論考している。




以上を踏まえたうえで、観照院にある享保8年(1723)造塔の青面金剛像庚申塔を見ていく。

享保8年(1723)青面金剛像庚申塔

享保8年(1723)青面金剛像庚申塔

石塔型式は駒型。建立された享保8年(1723)は江戸中期にあたる。脇銘は「奉造立供養青面金剛像」「現世安穏後生善所祈所」「享保八歳次」「癸卯」「十一月庚申」

最頂部

石塔の最頂部

左右に瑞雲に乗った「日月」。中央に梵字「ウーン」

梵字・ウーン

梵字「ウーン」は、青面金剛を表わす種子(しゅじ)

像容

青面金剛|一面六臂

青面金剛の像容は一面六臂(いちめん・ろっぴ)。顔がひとつで腕が六本。頭にはとんがり帽子をかぶっているように見えるが、これは、怒髪(※3)を簡略化して表現している。顔の表情は、忿怒相(ふんぬそう)というよりは、しかめっ面、むっとした表情に近い。

※3 怒髪(どはつ)…激しい怒りのために逆立った毛髪。

邪気

邪鬼

青面金剛が両足で踏んでいるのは邪鬼。背中を丸めた邪気の表情は、なんとも苦しそうだ。

三猿

三猿

邪鬼の下には三猿が陽刻されている。中央の正面を向いているのは聞か猿。左右の猿は劣化がひどく像容が判断できない。
 
向かって左側、左を向いているのは「言わ猿」かもしれない。向かって右端、右を向いているのは「見猿」か。

持物

青面金剛像

続いて、青面金剛の持物(じもつ)を見ていく。

法輪

法輪

左上手に持っているのは法輪(ほうりん)

弓

左下手でつかんでいるのは弓(ゆみ)

矢

右下手で握っているのは矢(や)

三叉鉾

三叉鉾

右上手には三叉鉾(さんさぼこ)を持っている。

ショケラ

ショケラ(人身)

右中手ではショケラ(人身)の髪をつかんでいる。六手の青面金剛は、左手でショケラをつかんでいることが多いので、右手でショケラをつかんでいるのは、珍しい。

ショケラの表情

ショケラの表情

髪をわしづかみにされ、青面金剛の右脚にしがみついているショケラの表情は、なんとも痛々しい。

金剛杵

金剛杵

左中手に握っているのは金剛杵(こんごうしょ)。金剛杵(※4)をもっている青面金剛像を主尊とした庚申塔は越谷市内では、かなり珍しい。

※4 金剛杵(こんごうしょ)とは杵(きね)の形をした金属製の法具。中央に柄があり、両端に爪状の刃(鈷=こ)がついている。鈷がみっつに分かれた三鈷杵(さんこしょ)、五つに分かれた五鈷杵(ごこしょ)、鈷が分かれていない独鈷杵(とっこしょ)などがある。

この青面金剛が握っているのは三鈷杵に見えるが、ここでは、金剛杵としておく。

三鈷杵

三鈷杵

上の写真は平安時代(12世紀)に製造された三鈷杵(さんこしょ)。銅製鋳造鍍金。国の重要文化財。東京国立博物館・法隆寺宝物館で撮影。撮影日は2023年5月10日。撮影許可済。無断転載厳禁。

台石

台石

台石には、おとめ・おたつ・おたけ・おさち・おたみ・おさん・おひつ・おまつ……など、女性の名前が刻まれている。刻まれているのはすべて女性の名前。
 
観照院には、このほかにも女性だけで建てた庚申塔が三基あることから、この地域、旧・七左衛門村(現・七左町)では、女性の庚申講が、さかんだったことがうかがわれる。

杵人型青面金剛像庚申塔

杵人型青面金剛像庚申塔

今回、調査した観照院の享保8年(1723)青面金剛像庚申塔の特徴は、「六臂の青面金剛だが、合掌型でもなく、剣人型でもなく、ショケラ(人身)の髪を右手でつかみ、三鈷杵(さんこしょ)と思われる金剛杵(こんごうしょ)を左手に握っている」こと。
 
ここでは「杵人型(しょじんがた)青面金剛像庚申塔」と名づけておく。

関連記事|観照院の石仏と石塔

参考文献

本記事を作成するにあたっては、石仏や石塔の金石文や年代などを確認するさいに、関係書籍や調査報告書とも照らし合わせた。参考にした文献を以下に記す。

参考文献

庚申懇話会編『日本石仏事典(第二版新装版)』雄山閣(平成7年2月20日発行)
日本石仏協会編『日本石仏図典』国書刊行会(昭和61年8月25日発行)
日本石仏協会編『石仏巡り入門―見方・愉しみ方』大法輪閣(平成9年9月25日発行)