境内

境内|照光院

鐘楼と無縁塚

鐘楼と無縁塚|照光院

山門をくぐって左手は、盛土の上に建てられた鐘楼(しょうろう)。鐘楼の周囲は無縁塚になっている。
 
正面に、弘法大師(空海)が、若き日に全国を行脚して修行を積んだときの姿をかたどった「修行大師像」(しゅぎょうだいしぞう)が、無縁墓を守るように建てられている。
 
無縁墓の中に、江戸時代、この地(大沢宿)で、飯盛女(めしもりおんな)と呼ばれた女性たちの供養墓塔がまじっていると伝えられている。
 
大沢宿の飯盛女については別記事にしてある。

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文字庚申塔

鐘楼の石段脇(石段を正面に見て左脇)にある駒型の石塔は文字庚申塔。江戸中期・享保2年(1802)造塔。正面の最頂部に「日月」。最下部に「三猿」が陽刻されている。
 
主銘は「奉供養庚申講中所願成就所」。脇銘は「享保六辛丑年」「十月廿八日」。主銘の上に、青面金剛を表わす梵字「ウーン」

光明真言塔

光明真言塔

文字庚申塔の隣にあるのは光明真言塔(こうみょうしんごんとう)。江戸中期・宝永3年(1706)造塔。石塔型式は駒型。
 
上部は、光明真言曼陀羅(こうみょうしんごんまんだら)。その下に経文。
 
脇銘は「奉誦造立光明真言廻向法界」「宝永三丙戌年八月吉祥日」。最下部の銘には「大沢町施主 六十七人」ほか、「本願主」四人の名前が刻まれている。

曼陀羅下の経文

曼陀羅の下に刻まれている経文
 
願以此功徳
普及於一切
我等与衆生
皆共成仏道
 
越谷市郷土研究会の加藤幸一氏は、この経文を「願わくは此の功徳を以て、普(あまね)く一切に及ぼし、我らと衆生と、皆共に仏道を成(じょう)ぜんことを」(※4)と、読んでいる。

※4 加藤幸一「大沢町・越ヶ谷町の石仏」平成13年度調査/平成31年7月改訂(越谷市立図書館蔵)「照光院」28頁

光明真言曼陀羅

光明真言曼陀羅

正面上部の浮き彫りされた蓮台(れんだい)の上に陽刻されている円盤の周囲には、密教の光明真言の梵字(23文字+休止符「ソワカ」)が、刻まれている。
 
円盤の中央部分の梵字(五文字)は、大日如来を表わす五文字の真言(ア・ビ・ラ・ウン・ケン)で、大日報身真言(だいにちほうしんしんごん)と呼ばれている。

巡拝記念碑

巡拝記念碑

鐘楼の対面、ブロック塀沿いの一画に建てられている石碑は、昭和11年(1936)5月建碑の巡拝記念碑。中央に「四国八十八ヶ所霊場順拝祈念」と刻まれている。
 
四国八十八ヶ所霊場とは、弘法大師(空海)ゆかりの地である四国四県(徳島・高知・愛媛・香川)に点在する88の寺院のことで、この石碑は、四国八十八ヶ所霊場巡り(お遍路)を巡礼した記念に建てられた。

墓地|石塔

巡拝記念碑の裏手は墓地。墓地の入口右手に、舟型の石塔が二基、並んでいる。

一石六観音塔

一石六観音塔

向かって右手は、江戸前期・万治元年(1658)造塔の一石六観音塔(いっせきろくかんのんとう)。石塔の上部に浮き彫りされた六観音。
 
六観音の上段は、向かって左から十一面観音・如意輪観音・千手観音。下段は向かって左から准胝観音(じゅんでいかんのん)・聖観音・馬頭観音。
 
六観音は、人々が輪廻転生する「六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天)」での苦しみを救済すると信仰されてきた。
 
下部の主銘は「奉造立六観音現世安穏□」。脇銘は「武州大沢町本願衆」「萬治元戊戌天」「十月吉日」「惣結衆一百人」ほか、江沢太郎兵衛・川上九衛門・小俣三良衛門など個人名が刻まれている。

一石六地蔵塔

一石六地蔵塔

向かって左手は、江戸前期・承応元年(1652)造塔の一石六地蔵塔(いっせきろくじぞうとう)。石塔の上部に六地蔵が浮き彫りされている。
 
六地蔵の持物は、上段向かって左から、幡(はた)天蓋(てんがい)錫杖(しゃくじょう)。下段向かって左から、数珠(じゅず)香炉(こうろ)、右端は合掌(がっしょう)
 
六地蔵は、人間が死後に行く六つの世界(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天)のそれぞれで、衆生の苦しみを救うとされる「六地蔵」信仰に基づいて広まった。
 
下部の主銘は「奉造立地蔵菩薩為二世安楽也」。脇銘は「承応元年」「壬辰霜月廿七日」「念仏講結衆」「□四十九人」

辞世の句|墓塔

続いて辞世の句が刻まれた墓塔を調べた。