2020年11月10日・火曜日。(株)まちづくり越谷及び越谷市観光協会が主催する越谷技博(こしがやわざはく)のイベント「久伊豆神社の神職と境内散策ツアー!」に参加した。講師を務めた神職さん二人の案内で、注連縄・鳥居・狛犬・力石など境内の知られざる宝物や見どころを約1時間半かけて巡りながら神事や歴史についても学んだ。

越谷技博2020

越谷技博プログラムガイドブック|久伊豆神社狛犬前

今回が初めての開催となる体験交流イベント「越谷技博」(こしがやわざはく)。2020年11月7日・土曜日から12月13日・日曜日までの36日間にわたって、伝統工芸の職人や店舗経営者、一般市民らがそれぞれの仕事・特技・技術を生かした少人数制の講座を越谷市内各所で開く。講座の数は118、講師は総勢80組以上。巧みの技や越谷の魅力に触れることができる。

新型コロナ対策にも最大限配慮

今年(令和二年)は、新型コロナウイルス感染症拡散防止のために越谷市内で予定されていた行事やイベントはほぼすべて中止になった。そんな中、三密を避けるべく少人数制・会場の分散など新型コロナ対策にも最大限配慮しながら市民が安心して参加・交流できる場として企画されたのが越谷技博。申し込み受付開始早々に定員に達してしまった講座も多い。「待ってました!」という越谷市民の声が伝わってくるようだ。関係者各位にも敬意と感謝の意を表したい。

久伊豆神社の神職と境内散策ツアー|受付

配付資料|久伊豆神社境内案内

集合は久伊豆神社の社務所前。境内散策ツアー開始は午後2時。参加費は無料。開始10分前、社務所横の待殿(まちでん)へ。参加人数は定員ちょうどの10人。案内役の神職さん二人の自己紹介のあと、資料が配られ、午後2時、スタート。

出発

出発

まずは参道を入口の注連縄に向かって歩く。神職さんの「(越ヶ谷)久伊豆神社は初めて、というかたはいらっしゃいますか?」との質問に、初めて、というかたはひとりだけだった。今はちょうど七五三詣の時期なので、参道には露店が並んでいる。露店の営業は土日と祭日だけのようだ。今日はシートがかかっている。

参道

参道

久伊豆神社の参道は長い。神職さんが参加者に質問。「久伊豆神社の参道は何メートルぐらいあるかわかりますか?」(500メートルくらいかな)神職さん「約470メートルあります」。500メートルと470メートル、その差30メートル。ま、当たらずといえども遠からず、か。

越谷市には久伊豆神社が八社あるんです

久伊豆神社の神職さん

越谷の久伊豆神社というと、ここだけだと思っているかたが多いのですが、じつは越谷市には久伊豆神社が八社あるんです。


野島と袋山にあるのは知っていたが、市内に八社あるとは知らなかった。ちなみに市内で久伊豆神社が鎮座しているところは、越ヶ谷ほか、小曽川・蒲生・川柳町・砂原・大成町・野島・袋山の計八箇所。また越ヶ谷久伊豆神社は氏子からは「さいじん様」と呼ばれている。

参道はかつて松並木だった

板石が敷き詰められた参道の両側には松やメタセコイアなどの木々が茂っている。初夏にはアジサイ、秋にはヒガンバナも見られる。かつて久伊豆神社の参道には松の古木が茂っていて、荘厳な景観を呈していたという。明治初年に、山本梅塘(やまもとばいとう)という越谷の漢詩人が選定した「越谷八景」のひとつに「久伊豆神社の暮雪」が選ばれている。
 
『越谷の歴史物語・第一集』越谷市史編さん室(昭和53年8月20日発行)「越ヶ谷八景」の項に、久伊豆神社の暮雪について、「参道の松並木、奥に神々しく鎮座する本殿のたたずまい。雪に覆われた日暮時の静寂とその清浄な情景は、人々の心をひきしめる」とある。当時の光景が目に浮かぶようだ。

環境保全区域石碑

環境保全区域石碑

久伊豆神社の自然環境を含めた神社周辺(天嶽寺・アリタキ植物園・緑の森公園・元荒川河畔)は越谷市の環境保全区域に指定されている。参道にある環境保全区域石碑はその証。越谷市民のひとりとして久伊豆神社周辺の自然環境は後世に残してもらいたいと願う。

注連縄|神社入口

注連縄

神社の入口、第一鳥居の前に、りっぱな注連縄が張られている。注連縄から先が神域(境内)であることを示している。この注連縄は、越谷市の宮本町(旧・四町野村)の氏子衆によって、毎年、取り付けられている。

総鎮守七邑の碑

注連縄の脇(上の写真の左端)に、江戸後期・天保6年(1835)建立の社標がある。この石碑には「郷社久伊豆神社は、越ヶ谷・花田・四町野・神明下・瓦曽根・谷中・豊三新田(現・七左町)七邑(村)の総鎮守である」ことが刻まれている。

本でも紹介された久伊豆神社の注連縄

注連縄から参道を望む

上の写真は注連縄から望む参道の景色。第一鳥居・石灯籠・石橋・第二鳥居・第三鳥居・社殿と、一直線に眺めることができる。なおこの久伊豆神社の注連縄は『神社の見方』外山晴彦・『サライ』編集部編(小学館)2002年8月10日発行「聖域を示すしめ縄」の項で、写真とともに紹介されている。
 
このあと、神社入口の注連縄を起点に参道を戻りながら境内の見どころを散策。

第一鳥居

第一鳥居

入口の注連縄から10メートルほど先に第一鳥居がある。「正一位久伊豆大明神」と刻まれた石の額(神額)を掲げた花崗岩(かこうがん)の大きな鳥居だ。ちなみに久伊豆神社の参道には三つの鳥居がある。

第二鳥居

第二鳥居

第一鳥居をあとに御神燈と石橋を超え、参道左手に隣接しているアリタキ植物園の樹木を横目で見ながら昭和9年建立の第二鳥居へ到着。

石橋

石橋

第二鳥居前の参道に石橋が架けられている。橋の下には水は流れていないが、水路があった形跡もみられる。神職さんの話によると「久伊豆神社に保存されている昔の絵図に参道の横(道路側)に水路が描かれている」とのこと。この石橋の下を水が流れていた当時がしのばれる。
 
石橋には造立年代を示す銘などは見られないが、鳥居の横に、石橋を奉納したことを記念して、江戸末期・文久2年(1862)に建てられた石碑があるので、この石橋は、そのとき(文久2年)に造られたものだろう。

石橋供養塔

石橋供養塔

第二鳥居の脇にある石碑は、地元の伊勢太々講(いせだいだいこう)が石橋を奉納したことを記念に建てられた「石橋供養塔」。神職さんから碑銘と伊勢太太講についての解説があった。

伊勢代々講とは、

伊勢神宮参詣(お伊勢参り)のための費用を積み立てた講(こう=組合のようなもの)で、くじに当たった者が代参(講員の代表として伊勢神宮に参詣)した。くじではなく交代でお伊勢参りに行った地区もある。江戸時代に流行し、伊勢講(いせこう)、太太講(だいだいこう)とも呼ばれている。

石碑の正面に「奉納 石橋 いセ太々講」と刻まれ、裏面には「文久二壬戌季 二月吉日」とあり、その下に、奉納者19人の名と、石工の名(江戸浅草森下 九代目石工 七右衛門 鳶 萬次郎)がみえる。奉納者には、升屋・笠屋・穀屋などの屋号も見られ、当時の有力な地元住民だったと思われる。

瑞垣

瑞垣

第二鳥居の先は瑞垣(みずがき)に囲まれた境内地の広い一画になる。車止めが置かれた参道の先には第三鳥居、その先には神殿が鎮座している。参道の右手には松の巨木も見られる。参道と境内はつねに掃き清められているので清々しい。