小祠の石塔

続いて、左側の石塔を調べた。

道標付き観音菩薩像塔

道標付き観音菩薩像塔

向かって左側の石仏は、道しるべが刻まれた観音菩薩立像。江戸中期・元文5年(1740)造塔。石塔型式は駒型。
 
正面の中央に、主尊の聖観音菩薩立像が浮き彫りされている。左手に未開敷蓮華(みかいふれんげ)、右手は与願印(よがんいん)。蓮台の上に立っている。

脇銘

道標付き観音菩薩像塔

観音像の両脇に「森田佐五右ゝ門」「元文庚申八月吉日」と刻まれ、向かって右上に「いわつき道」とある。
 
右側面の銘は、祠が邪魔をして確認できない。
 
平成9年(1997)に、この石塔を調査した、越谷市郷土研究会・加藤幸一氏の調査報告「大袋地区石仏」(※5)によると、右側面の銘は「ぢおんじ道

※5 加藤幸一「大袋地区の石仏」平成9・10年度調査/平成27年12月改訂(越谷市立図書館所蔵)62頁

いわつき道・ぢおんじ道

「いわつき道」(岩槻道)は、岩槻に通じる道。「ぢおんじ道」(慈恩寺道)とは、岩槻にある慈恩寺に通じる道で、岩槻道のこと。慈恩寺は天台宗の古刹で、今もある。江戸時代は、岩槻道は、主に「慈恩寺道」と呼ばれていた。
 
この石塔のすぐ南は元荒川左岸。土手道を上流(北西)に向かって進んでいくと岩槻・慈恩寺に通じる。

備考

『越谷市金石資料集』では、この石塔は、庚申塔(主銘…青面金剛・日月・三猿)としている(※6)が、完全な誤り。主尊は青面金剛ではなく、あきらからに聖観音であり、日月も三猿もみられない。
 
越谷市郷土研究会の加藤幸一氏も「(この石塔は)『金石資料集』では、庚申塔として一〇三番に誤記されている」(※7)と、述べている。

※6 越谷市史編さん室『越谷市金石資料集』昭和44年3月25日発行「庚申塔・一〇三番」166頁

※7 加藤幸一「大袋地区の石仏」平成9・10年度調査/平成27年12月改訂(越谷市立図書館所蔵)62頁

場所

小祠|越谷市三野宮

二基の石塔が安置されている小祠の場所は、三野宮香取神社入口前の古道を120メートルほど北西に進んだ右手、畑の角地( 地図

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冒頭でも述べたが、この石祠から20メートル離れたところに並んでいる三基の石塔については、以下の記事で紹介している。

参考文献

本記事を作成するにあたって、引用した箇所がある場合は文中に出典を明示した。参考にした文献は以下に記す。

参考文献

加藤幸一「大袋地区の石仏」平成9.10年度調査/平成27年12月改訂(越谷市立図書館所蔵)
越谷市史編さん室編『越谷市金石資料集』越谷市史編さん室(昭和44年3月25日発行)
庚申懇話会編『日本石仏事典(第二版新装版)』雄山閣(平成7年2月20日発行)
日本石仏協会編『日本石仏図典』国書刊行会(昭和61年8月25日発行)
外山晴彦『サライ』編集部編『野仏の見方』小学館(2003年6月10日発行)
日本石仏協会編『石仏巡り入門―見方・愉しみ方』大法輪閣(平成9年9月25日発行)