越谷市長島の最南端にある馬頭観音像塔を調べた。場所は、綾瀬川に架かる佐藤橋から北西120メートル。蒲生岩槻線(埼玉県道324号)と脇道が二股に分かれるY字路の三角地帯にある。

馬頭観音像塔

馬頭観音像塔|越谷市長島

調査したのは 2023年8月20日。木製の小祠(しょうし)の中に、江戸後期・文政8年(1825)造塔の馬頭観音塔が一基、安置されている。石塔型式は駒型。
 
小祠の背面に以下の説明が書かれている。

西暦2018年10月1日。大型台風により社もろとも馬頭観音様も吹き飛ばされました。しかし馬頭観音様は奇跡的に無傷でした。本当に良かったです。2018年12月、お社を建て直し、馬頭観音様を祀ることができました。

正面

馬頭観音立像

塔身の正面には、馬口印(※1)を結んだ馬頭観音立像が、浮き彫りされている。

※1 馬口印(まこうん/ばこういん)は、人差し指と薬指を伸ばして中指を折る馬頭観音特有の印相。

馬頭観音の顔

「馬の頭を持つ観音」(馬頭観音)の名のとおり、頭上には馬を戴いている。馬頭観音は、忿怒(ふんぬ)の形相で造像されることが多いが、この馬頭観音は、どことなくおだやかな表情にも見える。

側面

左側面の銘は「文政八酉二月吉日」。右側面の銘は「崎玉郡」「長嶋村」(※2)

※2 側面の銘は確認できなかったので、加藤幸一「荻島地区石仏」平成14年度調査/平成29年3月改訂(越谷市立図書館所蔵)79頁に従った。

台石

加藤幸一氏の現地調査報告「荻島地区石仏」(平成29年改訂)によると、かつては、台石の正面に「講中」(こうじゅう)の銘があったようだが、現在の台石は、台風で破損してしまったものを2018年(平成30年)に新たに補修したものなので、「講中」の銘はない。

造立目的は馬の供養

馬頭観音像塔|越谷市長島

農村地帯の馬頭観音塔は、牛馬に関係ある職業の人たちの講集団(馬頭講・馬持中など)や個人によって、主に馬の供養を目的として造立された。場所は、死馬捨て場や村はずれの追分、屋敷内などに多くみられる。
 
越谷市郷土研究会の加藤幸一氏は「ここ(馬頭観音像塔が安置されている場所)は(長嶋村と西新井村との)村境で、江戸時代には馬捨て場であったと思われる」(※3)と、述べている。

※3 加藤幸一「荻島地区石仏」平成14年度調査/平成29年3月改訂(越谷市立図書館所蔵)79頁

この馬頭観音塔も馬の供養を目的として建てられたものだろう。石塔の前には、花が添えられ、賽銭もある。今でも地元の人たちに、手厚く供養されている様子が伝わってくる。

場所

越谷市長島の馬頭観音塔

馬頭観音像塔が小祠に安置されている場所は、綾瀬川に架かる佐藤橋から北西120メートルの道路脇。蒲生岩槻線(埼玉県道324号)と脇道が二股に分かれるY字路の三角地帯にある( 地図

参考文献

本記事を作成するにあたって、引用した箇所がある場合は文中に出典を明示した。参考にした文献は以下に記す。

参考文献

加藤幸一「荻島地区石仏」平成14年度調査/平成29年3月改定(越谷市立図書館所蔵)
庚申懇話会編『日本石仏事典(第二版新装版)』雄山閣(平成7年2月20日発行)
日本石仏協会編『石仏巡り入門―見方・愉しみ方』大法輪閣(平成9年9月25日発行)