越谷市平方・西楽寺跡(平方東自治会集会所)にある六地蔵を調べた。調査した六体の地蔵像を写真とともにお伝えする。調査日は2025年7月19日。
西楽寺|平方東自治会集会所
平方東自治会集会所のあるこの場所には、西楽寺(さいらくじ)と称された浄土宗の寺院があった。寺院の名残として今も墓地が残っている。
創建は不詳だが、江戸後期、幕府が編さんした地誌『新編武蔵風土記稿』に「西楽寺 聖徳山と号す」(※1)とある。
西楽寺は、林西寺(りんさいじ)の末寺(※2)で、西楽寺(現・平方東自治会集会所)の西北西300メートルに林西寺がある。西楽寺、林西寺ともに古利根川右岸沿いに位置している。
※1 『新編武蔵風土記稿 第十巻(大日本地誌大系)⑯』雄山閣(平成8年6月20日発行)「平方村」185頁
※2 末寺(まつじ)とは、本山(本寺)の支配下にある寺院。江戸時代、幕府は、本山と末寺の関係を制度化し、寺院支配を行なった。
六地蔵
墓地の入口に六地蔵が並んでいる。
造立は江戸中期・享保2年(1717)。六地蔵は丸彫りの地蔵菩薩立像。
台石の村名
六地蔵のそれぞれの台石には、寄進した16の村名が刻まれていて、広範囲にわたる周辺の村々との信仰のつながりをうかがい知ることができる。
◇越谷市…①平方東②大泊③船渡◇春日部市…④備後⑤粕壁⑥一ノ割⑦大枝⑧大畑⑨赤沼⑩銚子口⑪藤塚⑫牛島⑬新川◇庄和町(※3)…⑭長沼⑮水角⑯米島
※3 庄和町(しょうわまち)は、かつて埼玉県北葛飾郡の江戸川沿いに位置していた町で、2005年10月1日に春日部市と合併し、庄和町の名は消滅。現在は春日部市の一部になった。
幢幡
向かって右端の地蔵は、両手で幢幡(どうばん)をもっている。
村名
台石に刻まれている村名は、藤塚村(ふじつかむら)牛嶌村(うしじまむら)新川村(しんかわむら)。三村とも現在の春日部市藤塚・牛島・新川。
数珠
右から二番目の地蔵は、右手に数珠(じゅず)をもっている。左手は劣化によって持物は不明。
村名
台石に刻まれている村名は、舷渡村(ふなとむら)赤沼村(あかぬまむら)丁子口村(ちょうしぐちむら)。舷渡村は現在の越谷市船渡。赤沼村と丁子口村は現在の春日部市赤沼と銚子口。
合掌
右から三番目の地蔵は合掌。右腕に数珠(じゅず)をかけている。
村名
台石に刻まれている村名は、長沼村(ながぬまむら)吸角村(すいかくむら)米嶋村(こめじまむら)。三村とも現在の春日部市永沼・水角・米島。
柄香炉
右から四番目の地蔵は両手で柄香炉(えこうろ)をもっている。
村名
台石に刻まれている村名は、備後村(びんごむら)粕壁町(かすかべちょう)壱ノ割村(いちのわりむら)。三村とも現在の春日部市備後(備後西・備後東)・粕壁・一ノ割。
錫杖・宝珠
左から二番目の地蔵は、右手に錫杖(しゃくじょう)、左手に宝珠(ほうじゅ)をもっている。
銘
台石に刻まれている銘は「平方村東」(ひらかたむらひがし)「享保二丁酉歳」「十二月吉日」
幢幡
向かって左端の地蔵は、両手で幢幡(どうばん)をもっている。
村名
台石に刻まれている村名は、大枝村(おおえだむら)大畠村(おおはたむら)大泊村(おおどまりむら)。大枝村と大畠村は現在の春日部市大枝と大畑。大泊村は越谷市大泊。
その他の石仏
地蔵尊
六地蔵の隣に丸彫りの地蔵菩薩立像が一体並んでいる。背丈六地蔵の半分ほど。年代は不詳。劣化がひどく顔がすり減っている。右手に錫杖(しゃくじょう)を持っているが、左手の持物などは風化で形がわからない。
如意輪観音
如意輪観音(にょいりんかんのん)を主尊とした墓塔。墓地中。石塔型式は光背型。年代不詳。如意輪観音の肩から上の部分が欠けてしまっている。
聖観音
聖観音(しょうかんのん)を主尊とした墓塔。墓地中。石塔型式は光背型。年代不詳。劣化がかなり進んでいて、石塔のいたるところに剥落(はくらく)が見られる。
僧侶の墓
六地蔵の裏手墓地の一画は僧侶の墓。無縫塔(むほうとう)などが並んでいる。無縫塔は塔身が卵形なので卵塔(らんとう)とも呼ばれ、僧侶の墓として用いられている。
生徒中
中央の背の高い卵塔(無縫塔)の台石に「生徒中」(せいとじゅう)と刻まれている。卵塔の造塔は明治10年(1877)。「生徒」は教えを受けた者。「中」は、「同窓」と同意で、同じ師匠に学んだ仲間。
『越谷ふるさと散歩(下)』に、この「生徒中」の銘について、「墓地の中には明治十年在銘の生徒中と刻まれた卵塔墓石があるが、この墓の主の僧は寺子屋の師匠であったのであろう」(※4)と記されている。
※4 越谷市役所『越谷ふるさと散歩(下)』越谷市史編さん室(昭和55年4月30日発行)「西楽寺跡と浅間神社」61-62頁
場所
西楽寺跡(平方東自治会集会所)の住所は、埼玉県越谷市平方460( 地図 )。郵便番号は 343-0002。場所は、林西寺の東南東300メートル。平方北通りと古利根川の中間にある。
参考文献
本記事を作成するにあたっては、関係書籍や調査報告書も参考にした。参考にした文献を以下に記す。引用した箇所については記事中に引用箇所を明記した。
加藤幸一「桜井地区の石仏」平成5・6年度調査/平成31年8月改訂(越谷市立図書館蔵)
『新編武蔵風土記稿 第十巻(大日本地誌大系)⑯』雄山閣(平成8年6月20日発行)
越谷市役所『越谷ふるさと散歩(下)』越谷市史編さん室(昭和55年4月30日発行)
庚申懇話会編『日本石仏事典(第二版新装版)』雄山閣(平成7年2月20日発行)
日本石仏協会編『石仏巡り入門―見方・愉しみ方』大法輪閣(平成9年9月25日発行)
日本石仏協会編『新版・石仏探訪必携ハンドブック』青娥書房(2011年4月1日発行)
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