越谷市南荻島・中組集会所(明王院跡地)にある五基の庚申塔を調べた。場所は荻島小学校の南南西150メートル、末田大用水脇にある。
南荻島中組集会所
調査日は、2025年1月4日。調べた石仏は以下の五基
- 青面金剛像庚申塔|寛政7年
- 青面金剛像庚申塔|正徳3年
- 青面金剛像庚申塔|延享2年
- 青面金剛像庚申塔|宝永4年
- 猿田彦文字庚申塔|文化6年
中組と明王院
このあたりは、旧荻島村の「中組」(なかぐみ)と呼ばれる小字(こあざ)の地域。荻島村には、堤根組・野合組・野中組・中組・下手組と、五つの小字があった。
集会所は、「明王院」(みょうおういん)と呼ばれた寺院跡。西側は墓地(南荻島中組墓地)になっている。
江戸後期・幕府が編さんした地誌『新編武蔵風土記稿』「荻島村」の項に、「明王院 本尊不動を安ず」とある(「安ず」は安置するの意)。
※1 『新編武蔵風土記稿 第十巻(大日本地誌大系)⑯』雄山閣(平成8年6月20日発行)150頁
不動明王像
集会所の脇にある小さなお堂には、不動明王像が二体安置されている。越谷市郷土研究会の加藤幸一氏によると、この二体の不動明王像は「(明王院の)本堂から移されてきたものと言われている」(※2)という。
※2 加藤幸一「荻島地区石仏」平成14年度調査/平成29年3月改訂「中組集会所」(明王院跡地)58頁
五基の庚申塔
境内地に五基の庚申塔が並んでいる。
庚申塔を見ていく前に、青面金剛像の二種類の型について簡単にふれておく。
剣人型・合掌型
【左】剣人型・青面金剛(大聖寺・相模町)【右】合掌型・青面金剛(大里・旧日光街道路傍)
青面金剛像の多くは、腕が六本(六臂=ろっぴ)で、右手に剣を持ち、左手に「ショケラ」と呼ばれる人身を持つ剣人型(けんじんがた)と、中央の手が合掌している合掌型(がっしょうがた)の二種に大別できる。
以上を踏まえたうえで、向かって左端から順番に見ていく。
青面金剛像庚申塔|寛政7年
向かって左端は、江戸後期・寛政7年(1795)造塔の青面金剛像庚申塔。石塔型式は駒型。正面上から「日月」「青面金剛像」「二鶏」「邪鬼」「三猿」が陽刻されている。
剣人型・青面金剛
青面金剛は一面六臂(いちめんろっぴ=顔がひとつて腕が六本)の剣人型。右手に宝剣、左手にショケラ(人身)の髪をつかんでいる。ほかの手の持物は、左上手に法輪、左下手に弓、右上手に矛、右下手に矢。
左側面
左側面の脇銘は「寛政七乙卯(きのとう)歳二月吉日」
右側面
右側面には「萩嶋村」と刻まれているが、「萩嶋村」(はぎしまむら)は「荻嶋村」(おぎしまむら)の誤字。
台石
台石の正面には、寄進者11人の名前が刻まれている。
青面金剛像庚申塔|正徳3年
左から二基目は、江戸中期・正徳3年(1713)造塔の青面金剛像庚申塔。石塔型式は笠付角柱型。正面上から「日月」「青面金剛像」「邪鬼」「二鶏」「三猿」が陽刻されている。
合掌型・青面金剛
青面金剛は一面六臂の合掌型。両手で合掌。左上手に法輪、左下手に弓、右上手で矛、右下手に矢を持っている。
左側面
左側面の銘は「奉造立庚講所願成就攸」
右側面
右側面には「正徳三癸巳天九月吉日」とある。
台石
台石には寄進者14人と施主の名前が刻まれている。
青面金剛像庚申塔|延享2年
中央は、江戸中期・延享2年(1745)造塔の青面金剛像庚申塔。石塔型式は笠付角柱型。正面上から「日月」「青面金剛像」「邪鬼」「二鶏」「三猿」が陽刻されている。
剣人型・青面金剛
青面金剛は一面六臂の剣人型。左上手に法輪、左中手にショケラ(人身)、左下手に弓、右上手に金剛鈴、右中手に宝剣、右下手に矢を持っている。
左側面
左側面の上部には「延享二乙丑二月吉日」とあり、下部には「明王院」の銘と、12人の名前が刻まれている。
右側面
右側面の下部には、14人の名前がうっすらと確認できる。
青面金剛像庚申塔|宝永4年
右から二基目は、江戸中期・宝永4年(1707)造塔の青面金剛像庚申塔。石塔型式は舟型。正面上から「日月」「青面金剛像」「邪鬼」「三猿」が陽刻されている。
剣人型・青面金剛
青面金剛は一面六臂の剣人型。左上手に法輪、左中手にショケラ(人身)、左下手に弓、右上手に棒(のようなもの)、右中手に剣(のようなもの)、右下手に矢を持っている。
脇銘
脇銘は「宝永四丁亥年」「九月吉祥日」「施主 発心」ほか、8人の名前が刻まれている。
猿田彦文字庚申塔|文化6年
向かって右端は、道標付き猿田彦大神庚申塔。江戸後期・文化6年(1809)造塔。石塔型式は山状角柱型。正面の主銘は「猿田彦大神」。正面最頂部に瑞雲に乗った日月が陽刻されている。
寄進者名
正面の下部に「萩島村講中」(※3)とあり、12人の名前が刻まれている。
※3 「萩嶋村」は「荻島村」の誤字。
左側面
左側面には「奉献」「中臣祓一万度三種大祓拾満度」「嶋村定右衛門」とある。
右側面
右側面の上部には「于時文化六己巳年二月大吉日」と刻まれている。
道しるべ
下部には「南鳩ヶ谷道」「北岩槻道」とあり、この庚申塔は道しるべを兼ねていることがわかる。
場所
南荻島中組集会所の住所は、埼玉県越谷市南荻島1418。場所は、荻島小学校の南南西150メートル、末田大用水脇にある( 地図 )
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参考文献
本記事を作成するにあたって、引用した箇所がある場合は文中に出典を明示した。参考にした文献は以下に記す。
加藤幸一「荻島地区石仏」平成14年度調査/平成29年3月改訂(越谷市立図書館蔵)
越谷市役所『越谷ふるさと散歩(下)』越谷市史編さん室(昭和55年4月30日発行)
『新編武蔵風土記稿 第十巻(大日本地誌大系)⑯』雄山閣(平成8年6月20日発行)
庚申懇話会編『日本石仏事典(第二版新装版)』雄山閣(平成7年2月20日発行)
日本石仏協会編『石仏巡り入門―見方・愉しみ方』大法輪閣(平成9年9月25日発行)
日本石仏協会編『新版・石仏探訪必携ハンドブック』青娥書房(2011年4月1日発行)